アラスカのクルーズガイド
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フーナ・トリンギットは、グレイシャー・ベイ国立公園に最初に定住したことで知られます。発掘された遺品から、ベイ内のフーナ入植の歴史は1250年に遡るとみられていますが、地元のフーナ・トリンギットの人々によると、この地域における祖先の営みはさらに以前に遡るということです。彼らの歴史がどれくらい遡るかはさておき、フーナ・トリンギットがこの土地の人々であることに疑いはありません。トリンギット文化のあちこちにグレイシャー・ベイ国立公園の自然が取り入れられています。彼らは、その恵みと圧倒的な豊かさを謳歌する一方で、予測できない巨大な氷河の影響によるこの土地固有の課題に直面しながら営みを続けてきました。
人々が居住し始めた初期の頃のグレイシャー・ベイ国立公園は、本当に自然豊かな場所でした。トリンギットの芸術や伝説によると、渓谷は広大な草原に覆われ、たくさんの淡水の小川には大量のサケが泳いでいました。太陽の光が降り注ぐ草地や成熟した森林に広がるベリーの茂みは、薬草から建築材料まであらゆる恵みを与えてくれました。今日グランド・パシフィック氷河を含むこの広大な氷河は、間違いなくこの地域の営みの一部でした。当時のトリンギットの人々は渓谷の奥地の狭い地域に住んでいましたが、それでもこの地をシーシュイー(S’e Shuyee)と呼んでいました。これは、「氷河の沈泥のほとり」という意味です。
1750年代、「小氷河期」と呼ばれる時代に、グランド・パシフィック氷河は急速に前進しました。やがて、氷河は「犬が走るよりも早く」とめどなく拡大しました。フーナ・トリンギットの人々は、前進する氷河で故郷が飲み込まれていくにつれて、ここを離れることになりました。氷河は、アイシー・ストレートに向かって進むにつれ、このエリア中に分散しました。こうして、アイシー・ストレート南岸の小さな入り江に、現在フーナと呼ばれる新しい村が誕生しました。
写真提供:アラスカ先住民の声(Alaska Native Voices)
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